こんにちは。おさべあいです。
先日、書家の友人と話していて面白いことを聞きました。
自分の名前を書いて彼女に見せると、もっと素敵に見せる書き方を教えてくれるのですが、彼女はその人が書いた文字を見て「なんかおかしいな」と感じることがあるらしいんです。
下手とか上手いとかではなく、例えば、一文字だけ異様に小さく書かれてたり崩れていたりといった具合に。
そう気づいた時にその方に「なにかその漢字に関連することで引っかかってることありませんか?」と話を深く聞くんですって。
するとみなさん「なんでわかるんですか?」とハッとするんだそうです。
「お金に対していつも苦労していていいイメージがないんです」とか「愛情を素直に受け取れないんです」とか。
文字はその人自身をよく表しているんだよね、と彼女は言っていました。
とても興味深いですよね。
この話を聞いて、わたしも同じことを感じるなと思ったのです。
わたしの場合は【クローゼット】です。
捨てたいのに捨てられない人
あるお客様から、なかなか昔の洋服が捨てられないと相談を受けました。
娘さんの三者面談や学校の用事によく着ていた地味めのスーツや、ママ同士の集まりで着ていた洋服が多いということでした。
話を聞いていくと、その娘さんが成人して、保護者としてきちんとしていく場もないし元々そんなに好きなテイストでもないから着るわけでもないのに、なぜか捨てられないという状況。
お客様の今のライフスタイルからはかけ離れた用途だったので、わたしは「そろそろママ業も卒業ということかもしれませんね」となにげなく言ってしまいました。
すると急に彼女の目からポロポロと涙が。
「娘が手が離れてやっと自分の好きなことができると喜んでたの。それなのに、今ママ業を卒業って言われて涙が出るなんて思ってもみなかった。わたし、寂しかったんだな。だから、ママである証拠のような洋服たちを捨てられないんだね。やっとわかったわ」
クローゼットはまさにその人そのもの
過去に着ていたものは自分の過去そのもの。
むやみやたらに捨てることをわたしはお勧めしていません。
捨てることが目的ではないですからね。
でも捨てたいのに捨てられないものというのは、クローゼットの中で違和感を放っているんです。
見ればわかるので「なんでこれを持っているんだろう?」と単純に疑問が湧いてきます。
それを問いかけ深堀りしていくと、お客様自身も今まで気づかなかった思いに気づいていく。
捨てたいのに捨てられない洋服というのは”捨てたいのに捨てられない思い”でなんですよね。
その思いが自分なりに消化できると納得して選択できる。
手放せたり、手元に置いておくことを。
(納得してないまま手元に置いておくからモヤモヤしてしまうんですよ!)
面白いですよね。
文字もクローゼットも、自分の外側に作り上げているものってすべて自分自身。
ちょっと俯瞰して見てみると面白い発見があるかもしれません。